ベトナム戦争に口を閉ざすベトナム老人とベトナムの歴史を語れない若者達



※この動画には火傷でただれた顔や、死人の画像がながれます。ご注意下さい。

ハノイリビングの田口です。

「ベトナムは世界で唯一、アメリカに勝った国だよ」

このフレーズを目を輝かせて話すベトナム人に、今まで何人もお会いしてきました。
ただ、このフレーズを声高に自慢するのは、ベトナム人の若年層ばかりだということに気が付くのは、3年くらい経った時くらいからです。

奇しくも我々日本人もアメリカを相手に戦争を仕掛けてしまいましたが、圧倒的な火力と資力の差の前に持ちこたえられず、力尽きてしまいました。
しかし、ベトナムは屈することなく最後まで戦い抜きます。
ベトナム戦争はベトナム国内だけの局所的な戦いでしたが、太平洋戦争は火力の差に加え、化石燃料目当てに戦いの面を広げすぎ、兵站補給路度外視の戦をした大本営の判断ミスが、230万人もの尊い命を失う原因になったと、私は考えます。

勝手知ったベトナム国内で、鬱蒼と茂るジャングルを背景に、奇襲戦でアメリカと戦ったベトナム人。
戦線を伸ばしてくるアメリカ軍の出鼻を、奇襲戦で叩くベトナムの戦い方。
戦局が不利だと判断すれば、基地として使っていた村をもぬけの殻にし、武器も食料も何もないことから更にジャングルの奥に敢えて進ませ、アメリカ軍が捨て置き素通りした元の基地村を静かに奪還し、背後から攻め込む。
反撃をしようと村に攻め込んでも、一般の農民と同調しているため、ベトコン兵士なのか一般人なのか区別が付かない。
ベトコン兵士を求めてジャングルに攻め入るも、道無き森林の緑が濃くなればなるほど、仕掛けを済ませたベトナム兵の独壇場になる。

こんなカメレオンのような戦い方をされると、さすがにアメリカ兵も太刀打ちできません。

「長きにわたり戦いを強いられた、歴史に残る世界10の長期戦争ランキング」より抜粋させていただきました

「長きにわたり戦いを強いられた、歴史に残る世界10の長期戦争ランキング」より抜粋させていただきました



私は、ベトナム戦争に従軍した経験のある体験者のご老人と話がしたくて、孫に当たる若いベトナム人の方に面会のお願いをしたことがあります。
しかし、どなたも会ってはいただけませんでした。

この話を、ベトナムに20年以上生活をされている方にお話した時、教えてもらったことがあります。

「あのね、ベトナム人の戦争体験者の方々って、本気でアメリカに勝ったと考えている人は少ないと思います。
これは私が今までお話してきて感じる事ですが」

その方はベトナム語ペラペラです。
その会話力で数人のベトナム戦争の帰還兵の方とお話をしたことがあり、その体験からお話していただきました。

「上空から夥しい爆撃を食らい、枯れ葉剤までまかれ、反撃するにも兵器も少なく、ただ地下壕で身を固くして我慢を続けるしか無かった。
前線で肉弾戦を繰り返す一般の兵士の率直な感想は、とても勝てる見込みなど持っていなかったと考える方が普通です」

結果、アメリカ本国の世論に圧され、アメリカ軍は撤退していきます。
ベトナムの一般兵にすれば、九死に一生を得た思いだったと言われます。

戦地から復員してきた日本の兵隊さんは、一切戦争体験を口にすること無く亡くなって行かれたというようなお話しはよく聞きます。
戦場で生死の境を彷徨った経験を持つと、戦友が次々と亡くなった犠牲の先に生き延びて帰ってきたことを、ことさら自慢をするような気持にはなれない。

こういう気持が本音ではないかと思うようになりました。
毎年ベトナム戦争の「生き証人」が亡くなっていかれるなか、ご本人から直接取材をするなどという考えは、捨てることにしました。

「海外反応! I LOVE JAPAN」さんの記事から抜粋させていただきました

「海外反応! I LOVE JAPAN」さんの記事から抜粋させていただきました



では、若い人達にベトナム戦争のことや、もっと昔のベトナムの歴史について尋ねてみることがよくあります。
しかし、どうも的を得た話が聞けません。
彼らは歴史を勉強していないのでしょうか。

以前、当社のスタッフ達に「ホーチミンの独立宣言(1945年)」の中に出てくる次の下りを知っているかどうか、聞いたことがあります。

「日本軍の統治下で、我々は一層苦しくなり、惨めになった。その結果、(中略)クアンチ省から北部にかけて200万人を超える同胞が餓死した。」

しかし、皆は口を揃えて「知らない」と答えます。
本当に知らないのか?
いえ、話したくないんだと思いました。
義務教育で、全員諳んじることができるようになるまで覚えさせられる独立宣言文です。
知らない訳がないんです。

長らく戦争に明け暮れた時代を持つベトナム。
戦乱で国土を荒廃させているベトナムを尻目に、タイやインドンシアなどの周辺国は着実に国力を高めていきました。
遅れを取ったベトナムとして、いち早く経済を充実させるためには、外資の援助頼りの計画経済を敷くしかない状況でした。

ベトナムの暗い歴史をことさら取り上げ、現在のベトナムに投資をしている日本人に賠償を迫るような言動は、今のベトナムの為にはならない

今のベトナム人ははっきりと理解しているように思います。

ましてや、私の会社に勤めているベトナム人です。
日本人の社長の私に、口が裂けても、

「日本人が農民から米を略奪したために、たくさんの同国民が餓死に追いやられたんだ」

などとは言えないんです。
酷な質問をしてしまったものです。

この時のやりとりや戦争時にベトナムで行われた日本軍の行動について、次の稿で以前ご紹介させていただきました。

日本がベトナムに多額のODA(政府開発援助)を出資する本当の理由について

日本語検定1級を取った優秀な若者でも、自国の歴史については、苦手意識を持つ子が多く、深い歴史談義を戦わせることができません。

  • 長年の中国による属国としての統治時代
  • 1862年のサイゴン条約から大戦末期の1945年までの約80年間、フランスによる植民地圧政時代

ベトナムの歴史学習は、独立を勝ち取るために活躍したホーチミンの輝かしい功績を最終章とした場合、それまではあまりに長い暗黒時代が続くことから、学ぶ意欲が削げてしまうのでしょうか。
ベトナム人民が他国の圧政に耐え忍ぶ暗い歴史を学ぶより、これからどうやって生きていけば良いのか、ここに集中したいと考える気持の持ち方が、特に今の若者に遍く定着してしまっているような気がします。

「アジア南溟通信」さんより抜粋させていただきました

「アジア南溟通信」さんより抜粋させていただきました



私のような、ベトナム語もろくに話せない日本人にとって、ベトナム人の口から血の通った歴史の真実を掴めないとなると、冒頭のようなYouTube動画から断片的に理解していくしかありません。
時々見て考える。
これを繰り返しています。

ベトナム戦争にまつわる映像は、今まではアメリカ目線のものしか見たことがありませんでした。
この映像は完全にベトナム目線で作成されています。
それだけに新鮮で、一層ベトナム人の底力を感じます。

「令和」になって2日目。
縁があって日本人の私はベトナムで仕事をさせていただいております。
貴重な命と引き換えに築きあげてきた経済大国日本の一員として、ベトナムの為に働くことで、その恩返しができればと考えています。

身近な親族でいうと、仏印沖でアメリカ軍の魚雷で命を落とした叔父さん、そして私の両親。
その命を引き継ぎ、生かされている今の私ができること。
それは周りの人達に幸せになってもらいながら、自分も幸せになること。

精一杯幸せになることを目標に、頑張りたいと思います。

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田口 庸生

田口 庸生 の紹介

初めまして、「ハノイリビング」営業担当の田口(たぐち)です。 日本より初めてベトナムのハノイに着任された日本の皆様、 愛するご家族を日本に残し、初めての「海外単身赴任」をこれから経験される皆様、 快適なハノイでの生活を満喫していただくために、皆様の「お住まい探し」から「入居後のサポート」まで一貫した「窓口対応」を請け負います。 「ベストマッチ」を合い言葉に・・・ どうぞお気軽にお問い合わせください。 お待ちしております。
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ベトナム戦争に口を閉ざすベトナム老人とベトナムの歴史を語れない若者達 への2件のコメント

  1. アグリトム より:

     将来のベトナム移住を考えてベトナムブログを見てきましたが、特に今日の田口さんのブログは特に心にしみました。
     印象深い写真とベトナム人の老若世代の考え方など、田口さんの人柄がにじみ出てくる文面に感動して、思わずコメントをお送りした次第です。
     今後の田口さんのご活躍に期待しつつ、日本から応援しております。

    • 田口 庸生 田口 庸生 より:

      コメント有り難うございます。
      いつもブログをご覧下さり感謝いたします。
      こう言うお言葉があるので、なんとか書き続けることができます。
      重ねてお礼申し上げます。

      8年間とベトナムでの生活を重ねてくると、いろんなことを耳にします。
      思わず唸ってしまうような爽快な話から、虫唾が走るような不快な事実まで。
      でも、それはベトナムに限ったことではなく、よく考えると昔の日本でも実際有ったことではないかと常に考えるようにしています。

      ベトナムはまだまだ遅れた国ですが、先を走ってきた我々のノウハウを素早く吸収し、短い時間で先進国の仲間入りをしてほしいと思います。
      そして経済を発達させることと平行して、幸せを求める生き方にこだわって欲しいと思います。
      これは全く相反することなのですが。

      今は豊かになりたい、お金が欲しいという意識を先ず一番に据え置いているベトナム人が大半かと思います。
      それだけに勢いを感じます。
      しかし、経済経済と推し進めて行った先に何があるのか・・・
      今の彼らには全く関心のない考えかも知れませんね。
      これは豊になった人から順に考えていくべきことかと思います。

      また遊びに来てください。
      もっと心に染みていただけるブログを書けるように頑張りたいと思います。

      ハノイリビング
      田口

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