私はこちらハノイに来るまでは、日本にて不動産の仲介営業を約10年間しておりました。
今回は、私がまだ駆け出しの新人だったころの、ホロ苦い失敗談をお話します。
今はここハノイにて、日本人の皆様に賃貸住宅のご斡旋をさせていただいておりますが、日本では主に「売買」の営業マンでした。
「売買」ですから、中古マンションから一戸建て、また土地のご紹介から新築住宅まで、投機的な売買ではなく、本当に「住むための家」をご紹介していたんですね。
お客様にご紹介しようと思うと、日頃からたくさんの「売り物件」を自分の目で見て、覚えておかないといけません。
ある日、駅から近いエリアに築浅の綺麗なマンションが売りに出されました。
実際見に行ったのですが・・・
「めちゃくちゃ綺麗・・・」
ほぼ素人同然の私の目から見ても、東南の角部屋に当たるそのマンションはよだれが出てきそうなくらいすばらしい物件に写りました。
「誰かご案内できるお客様はいないかな・・・」
当然、ベテランの営業マンは何人ものお客様の「ストック」を持っています。
それぞれに探しているお家の条件が違います。
- ~小学校の校区内の戸建てを、
- 店舗としても使える立地の中古戸建てを、
- 角地で100坪くらいの土地を、
- 職場に近い新しいマンションを・・・
当然、こんな条件の良いマンションならば即お勧めできるお客様はいます。
物件を確認するなり、電話に飛びつくように営業を始めるベテランの先輩達・・・
私も新人でしたが、ちょうど一週間前に築浅のマンションを探しているお客様の担当となり、別のマンションをご案内していたんですね。
そのときは全く気に入っていただけず・・・
というか、私も緊張していたせいもあり、あまりご案内中も話が弾まず・・・
そのまま何事もなく、お帰りになられました。
そのお客様・・・今でもはっきり覚えています。
ご主人はガソリンスタンドの店員さん。
奥様は病院の看護婦さん。
ご結婚をまじかに控え、お二人で住む「新居」を探されていたんですね。
ここでは仮に「Aさん」としておきます。
そして今回の物件。
エリアもご主人のガソリンスタンドから近く、希望されていた「角部屋」、しかも「東南の角」で「築浅」ですからまさに「ドンぴしゃ」の物件だったんです。
「これは、いけるかも」
「初契約」がちらつき、思わずにやけてくる自分自身を押さえながら、自信をもってお電話しましたが、ご主人はどうしても勤務中でつながらず、結局夜勤明けの奥様につながりました。
「Aさん、出ましたよ、築浅でご主人の勤務先にも近い綺麗なマンションです!」
「は、はい・・・」
「お疲れのところ申し訳ありませんが、今から少しお時間取れませんか?」
夜勤明けでお疲れの奥様でしたが、私の勢いに押されるように、当日のお昼にお約束していただき、現地にて待ち合わせとなりました。
そして、来られた奥様と一緒にお部屋へ。
あまりご案内の経験も少なく、お客様の内覧中の機微を見て、気に入っていただいているのかどうか・・・
そんな判断力もまだ持ち合わせていない私でしたが、このときの奥様の反応は、はっきりとわかりました。
あまりの綺麗さに・・・固まっているという感じ。
真剣にご覧になられているときは、言葉が無いんですね。
内覧しながら、自分達二人の生活と重ね合わせておられる様子。
正に真剣にチェックされています。
さあ、ここからなんです。
お見せした物件を気に入っていただけた時、まずしなければいけない私達の仕事は、
「そのお客様のお名前で、部屋を確保する」
ことなんです、当たり前ですね。
当然、私の会社の先輩達もお客様にご案内しています。
また、他社の営業マンも同様です。
誰が見ても、「良い物件は良い」んです。
では「そのお客様のお名前で、部屋を確保する」にはどうすれば良いか。
それは「買います」というお客様の意思表示、つまり「契約書へのサイン」なんですね。
と、同時に「手付金の支払い」が必要です。
「賃貸」と違い「売買」の場合、最低100万円は必要です。
サインをいただいた「契約書」とお預かりした「手付金」を持って、売主様のところに行って説明、そして契約書の売主欄に署名捺印をもらい正式に確定できます。
「契約と手付金100万円で押さえて下さい」
と申し上げましたが、怖がるような感じで、
「まだ、主人に見てもらわないと・・・私一人で決められません」
たたみかけるように「押さえ、手付金、契約!」と説明する私。
そりゃそうです、こうしている間にも別の営業マンは案内後お客様の自宅に行って、もうクロージングに入っているかもしれないんです。
そこで「契約」が成立すると、2番手、3番手と順位が下がり、ほぼ100%Aさんには回ってこなくなるんです。
しかし、奥様だけで未だご主人様にはお見せできていない状態です。
確かに奥様の言われることも尤もなことだと思った私は、次回お二人がそろって内覧できる4日後の日曜日のアポイントを取ることが精一杯でした・・・
その4日後の日曜日が、実はお二人の結納の日だったんですね。
この4日間の長いこと長いこと・・・
毎日電話で決まったかどうかの確認をしましたが、不思議にというか運よく契約者が未だ出てこない日が続いたんですね。
「ひょっとしたら、いけるかも」
半ばあきらめていた私は、祈るように日曜日が来るのを待ち続けるしかありませんでした。
途中ご主人に電話が通じ、現状を説明し、なんとか手付金ご用意できないか・・・お願いしてみましたが、
なんとなく、奥様と同じく、
「そんなせっついて・・・何かあるんかい」
言葉には出されませんが・・・そんな反応。
これ以上の説得は逆効果になってしまいそうな状態、全く理解していただけませんでした。
そして、土曜日。
平日忙しいお客様も、土日は通常お休みですので、人は動きます。
「・・・契約、決まりました」
その物件の担当業者の営業マンから、無常にも「売り止め」の宣告。
その瞬間、私の「初契約」と「Aさんのお気に入り物件」は一瞬にして消え去ってしまいました。
そして日曜日当日。
結納を終えてお互いのご両親まで当社へお越しになられました。
ご本人も、お二人のご両親も、当然部屋を見れると思って来られているんです。
後から気がついたのですが、結局お互いの親が見て、そして決める算段をお二人はされていたんですね。
皆さん全員笑顔です、それも幸せ一杯の。
「物件が決まってしまい・・・ご紹介できないんです」
私と私の上司とで頭を下げてお伝えしたとき、
その場で奥様が急にしゃがみ込み、会社一杯に響き渡るような大声で泣き崩れてしまいました。
今まであまり感情を表に出さなかった奥様、そして元々無口なご主人様。
お二人とお会いしても、なかなか腹を割ったお話ができず、契約をせっついて来る何か胡散臭い営業マン・・・
そんな受け取られ方をされていたんですね。
奥様のお母様が娘さんの背中をさすりながら、
「どういうことなの、せっかくのおめでたい日なのに!」
すごい顔でにらまれてしまいました。
結局後味の悪い終わり方です。
そのときは、「だからあれだけ言ったのに」と思いましたが・・・
しかし、これは今から考えれば完全に営業マンとして失格なんです。
なぜか・・・
お客様が気に入ったお部屋を押さえることができないのは、100%営業マンの責任なんです。
なぜ、ご理解いただく為に何度も何度も足を運んで契約の流れを説得できなかったのか、
なぜ、手付金というものが不動産契約に必要なのか、
なぜ、良い物件は決まるのも早いという当たり前のことを理解していただくために動かなかったのか、
これは完全に担当営業マンの怠慢です。
幸せな一生に一度の結納の日を、台無しにしたのは営業担当の私なんです。
一生懸命伝えようとすれば、必ず伝わります。
相手が人であれば・・・です。
その迫力に欠けていたんですね。
今でも忘れられない思い出です。
それ以降、しっかりと、はっきりと、自信をもって・・・
「良い物件は誰が見ても良い」だから「決断してください」と申しあげるようにしています。
賃貸物件の場合も同じです。
内覧して気に入った場合、「家賃1ヶ月分の保証金(レポジット)と契約書のサイン」、
結局このいただく速さの競争になってしまうんですね。
特に賃貸のほうが、売買よりもさらにテンポが速いです。
決して急かすつもりはありません。
しかし「決める」時には、「たたみかけるような決断」が必ず必要になってくるのは事実です。
ただ、最終決定を下すための予備知識を入れるために、「今から見ておきたい」というケースももちろんあると思います。
「実際に見て感じをつかむ」為の内覧なのか、
「決める」為の内覧なのか、
これをはっきりさせてからご案内するようにしています。
しかし、最初に見た「感じをつかむ」為の案内中に見た物件がとても良く、
「あの物件を超える家がなかなか出てこない」・・・
こうなってしまうケースが多々あるんですね。
皆さん、なるべく決める為のご案内を心がけていただければ、それが一番の近道です。
どうぞお任せください。