日本TOPクラスだったブレイクダンサーが、今ベトナムで「お店」をやっています

ハノイリビングの田口です。

今日は今ベトナムハノイで活躍中の「ある男性」の青春の1ページをご紹介します。
誰の話か、推測しながら読んでみてください。
今日、聞きたてのほやほやの話です。

その方の名前は最後にお伝えしますが、この文中では「少年」とか「青年」という代名詞で表現したいと思います。

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その「少年」は私と同じ大阪の下町育ち。
小学生の頃から「だんじり」が好きで、「地区の青年団」の大人の会合に遊びにいく程、だんじりを取り巻く空気を愛する少年でした。

だんじりの青年団というのは、多少やんちゃで喧嘩っ早い気質で、男臭さの象徴のようなものです。
隣町のだんじりに負けるわけにはいかず・・・
しかし、別に殴り合いの喧嘩をするのではなく、

「如何に華麗にだんじりを動かすか」

そこで勝負するんです。
その技術論を、大の男が真剣に酒を飲みながら戦わせるんです。

「少年」は、そんな熱い男達の真剣な話し合いを眺めながら、次第に熱き心漲る青年に成長していきます。

通常「地区の青年団」は高校生から加入できます。
しかし、だんじり好きが功を奏し、中学生になっても青年団の会合に入り浸っていた「少年」は、異例の抜擢で地区では初めて中学生から青年団の一員に名を連ねることになります。
そして、青年団を支える大人達から日々可愛がられながら、青年団員としての「英才教育」を中学生から受けることになります。

高校生となり、「少年」から「青年」に成長しました。
いろんな事に興味を持つ時期です。

サッカーから始まり、野球・・・
しかし、長続きしません。
高校卒業後の進路については、やりたい仕事の資格を取るために専門学校へ進むことは決めていました。

「何の専門学校か」は最後まで読んでいただければ分かります。

高校生の時、DJに憧れた時もありました。
お母さんに拝み倒して10万円ほどするDJキットを買ってもらいますが、バイトしてお金を返し終わる頃には興味も無くなり・・・
DJキットは部屋のオブジェとなってしまいます。

そこそこ頑張るんですが、長続きしない。
打ち込む対象が見つからない息子を、辛抱強く見守るお母さんの祈るような眼差しが浮かんできそうです。

そんなある日、「青年」はブレイクダンスに巡り逢います。
どういうわけか、もの凄い勢いでのめり込んで行きます。

専門学校へ通い初めても、ダンスは続けていました。
ある日、笑いの殿堂「よしもと」の若手養成所(通称「NGK」)に通う同級生の2人連れが「青年」を尋ねてきます。
話の内容は、

「最近NGKではダンスもやらなあかん、でも俺らダンス下手やから、教えてくれへんか」

高校の時からブレイクダンスに没頭していた「青年」を知る同級生からのたってのお願いです。
「青年」の答えは、

「教えるほどのレベルではないけど、一緒に楽しみながらやるのなら」

それからほぼ毎晩、市役所の正門前でダンスの練習を始めます。
スイッチが入ったのは、ここから。
ラジカセを持ち込み、音楽を流し、必死で技を磨く日々。

噂を聞いて、近くの中学生も練習を見に来るようになります。
もちろん「青年」達が通った母校の中学生です。
そして練習を通して、自然にダンスユニットが生まれていきました。

毎晩「練習場」にしていた市役所前のコンクリートスペース。
その道路を挟んですぐ目の前の病院から、騒音のクレームを受けてしまいます。
しかしダンスの練習中、あまりの激しさに足首をねんざしたり、指を骨折したり、鼻の骨を折ったり・・・
何度もその病院のお世話になっていたことから、「青年」達の練習の熱心さが伝わり、苦言を呈しながらも様子をみる雰囲気になっていきます。

練習に自然に参加していた母校の中学生の親からも、クレームが入りました。

「夜の10時、11時まで、何をしている!」

「青年」達の母校の中学は、少々やんちゃな学校で、コンビニでたむろしたり、バイクを盗んだりと「若気の至り」の一線を越えた夜遊びをする生徒が多かったんです。
しかし・・・
汗をかき、一心不乱に「青年」のダンスに合わせて体を動かす中学生達。
「いちびり夜遊び」から「ブレイクダンスの夜練」に興味を持ち始めた中学生の親も、口を出す機会は少なくなっていきます。

ある日。
そのダンスの夜練を見に、市役所の市長さんが「青年」達の前に現れます。
歳は60歳前後の年配日本人。
若者が踊るブレイクダンスの良さを理解するには、難しい年代の方です。
ぽつりと市長の口からこぼれた質問が、

「こんな遅くまでやる必要があるのかい」

その時「青年」はこう言い返します。

「僕らは真剣です。ダンスは命の次に大切なんです。遊んでいるんじゃありません。」

そして、音楽を流して市長の前で渾身のブレイクダンスを披露したんです。
踊り始める前の市長の無表情な顔は、「青年」のダンスがスピンを伴う佳境に差し掛かると共に、驚嘆の表情に変わり、最後は腕組みをしてじっと考え込んでしまったそうです。

「青年」ははっきりと手応えを感じていました。
息を弾ませながら、市長の反応を待っていると、

「凄いな君・・・それは何かに活かせるぞ・・・」

それから、市長さんと「誓約書」を取り交わすことになります。
「青年」のブレイクダンスが、確実に市長の心を揺さぶったんです。
なんと、市役所として「青年」達へ「夜の市役所前のスペース」を練習場として開放するという内容の誓約書にサインをしてくれたんです。
ただし条件が付けられました。それは、

  • 夜の10時を過ぎると電気は消すが、11時までならそのまま練習しても良い
  • 参加している中学生をしっかり監督し、時間内に家に帰らせること
  • 年に1度の市のフェスティバルにダンスを披露すること

粋な市長さんです。
ちゃっかり市の催し事に「使える」と踏んだ市長さんの大人の判断でした。

「俺たちのダンスを同じ街に住む皆の前で披露できる」

なんとフェスティバルで貰える時間枠は90分。
一緒に練習している中学生にも、踊るチャンスを分けてあげることができる。

貴重な練習場を公認してもらえた「市役所前チーム」の練習に熱が入って行きます。

フェスティバルは大成功でした。
そして地元のブレイクダンサーとして、ちょっとした有名人になっていきます。

更に「青年」の名を、日本中に轟かせる事件が起きます。

ブレイクダンサーのあこがれの甲子園、「全日本ダンス大会」が毎年開催されるのですが、なんと、「青年」のユニットが初出場で3位に食い込んだんです。
毎年常連の強者ユニットが上位を独占する中、聞いたことも無い大阪のチームが3位になったんです。
日本中のダンサー達の間で激震が走ります。

「あいつらは、一体何者??」

それから「青年」の日常が益々ダンス一色になっていきます。
大会3位のインパクトは想像以上に強烈で、あちらこちらからダンスの依頼が入ってきます。
少しのお金をもらいながらダンスを踊り、また小さなダンス大会の審査員の仕事や、雑誌の取材など、「青年」を取り巻く環境が一気に変わっていきます。

ある日、「青年」を驚かせるオファーが入ってきます。
「青年」の母校中学の授業でダンスが選択科目として取り入れられることになり、

「是非、臨時講師になってもらえないか」

もちろん、既に「市役所前」で後輩を教えている訳ですから、2つ返事で承諾します。
それから母校中学生の間で「青年」は超人気先生になります。
先生の言うことなど聞く耳を持たない「札付き生徒」でも、「青年」の言うことは「アニキの言葉」として素直に受け入れる。
学校側からすれば、思いがけない「出来る臨時教師」をGetしたことになります。

いつものように「市役所前」でハードな練習をし、休憩にコンビニでポカリを買いに来たとき、コンビニの入り口付近に座ってタバコを吸っている母校中学の生徒を見かけた「青年」。

「おい、こら。お前らこんなとこでタバコ吸うな。なにやっとんねん!」

汗まみれの「青年」の一喝に、全員直立不動になり、言い返す隙も無く、クモの子散らすように逃げ帰っていく。
こんな状態でした。

そして「青年」は専門学校の卒業を迎えます。
やりたい仕事の資格は取れました。
しかし、青年は2つの決断をします。

  1. 就職をせず、もう少しダンスを続ける
  2. 青年団の団長を辞退する

いつでも就職できる立場になった息子の突然の言い分に、お母さんは大反対します。

「仕事をせず、ダンスを踊るってお前・・・」

しかし、言っても聞かないことは分かっています。
今までの「中途半端」からは想像もできない打ち込みようです。
愚痴は言いつつも、そっと見守ることしかできないと割り切られたようです。

小学校の頃から大好きだった、だんじりの青年団。
中学から参加していた「青年」は、誰の目から見ても、次期団長候補でした。
しかし「団長」はそんな甘い仕事では無いことは、何より「青年」が一番よく分かっています。
年中だんじり運営を考えないと勤まらない激務です。

「だんじり」を取るか「ダンス」を取るか、

「青年」はダンスを取ります。
当時の団長さんに頭を下げ、理解を得ます。
そして執行部が「青年」の代になっても、ずっと副団長のポジションで、だんじりに関わることになります。

ダンス漬けの毎日。
もちろん目指すは「日本一」です。
次の「全日本ダンス大会」はもう目前に迫っていました。

前回と違い、今回は「優勝候補」として大きく取り上げられています。
前回TOP3位のチームには、テレビ記者が常に張り付いています。
ドキュメンタリー番組の制作の為です。

前回の初出場で3位の「青年」のチームは、とりわけ注目を浴びていました。

「絶対に優勝して、日本代表になってドイツの世界大会へ行くんや!」

「市役所前」の夜練は、大会前になると特例の「夜中の11時照明」が許されるようになりました。
「青年」達の熱意が、大人の世界のルールを変えさせるところまで来ていたんです。

代表ユニットメンバーの鬼気迫る練習が繰り返されました。

「全員目隠しをして躍っても、寸分違わないコンビネーションで躍れる」

これ以上磨くところが無い水晶玉のような、輝きを放つユニットが完成していました。
そして万全の体制で望んだ2回目の日本大会。

躍る順番は抽選で決められるのですが、後半の絶妙な順番に決まりました。
はやる気持ちを抑えながら・・・
「青年」達の磨き抜かれた技を披露する出番が回ってきました。

しかし・・・
予想もしていなかったことが起きます。

ダンスが始まり最初の「青年」のソロに入ります。
ここは初っぱなの見せ場です。

右腕一本で逆立ちをして静止する大技に入った時、勢い余っていつもと違うポイントでの片手倒立になってしまいました。
その瞬間、「青年」の右肩が音を立てて外れます。
初めての脱臼、しかも大事な本番で。

何とか最後まで躍りきり、終わると同時に「青年」は救急車で病院へ。
激痛に耐えながら聞いた結果は4位でした。

「市役所前ユニット」の2回目の甲子園が終わりました。

それからもダンスを続けた「青年」は、右肩の脱臼クセに悩まされることになります。

「思い切った技を繰り出せない」

悩んでいる時、以前からお付き合いしていたダンス好きの女性から「結婚」についての相談を受けます。
もとからダンスで飯を食っていこうとは考えてはいませんでした。
その当時は今と違って、未だダンスは走りの時期で、爆発するのはもう少し後になります。
ブレイクダンサーとして生計を立てることなど、夢のまた夢。

理想を追い求めれば求めるほど、虹のように遠ざかっていくダンサーの世界。
しかし現実は悲鳴を上げる右肩と、「青年」を想い、付いてきてくれている彼女の人生が、今厳然として目の前に。
どんどん身近に迫ってきます。

「神様が、もうそろそろ次へ行けって言うてんのかな・・・」

「青年」は決断しました。
愛する人を守る為に。

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「すんません、田口さん。今日ちょっと俺しゃべり過ぎですわ」

今日気が付いたことがあります。
彼のハサミを入れるスピードと精度は、話に熱中すればするほどターボエンジンがかかるということを。

お陰様で、またまた自分史上最高の髪の毛にしてくれました。

もうご存じですね。
「青年」は先日もご紹介したベトナムハノイでHair Salonを開く「te to te」の阪下オーナーさんです。

何かに打ち込める人は、確実に強いし、優しいと思います(te to teさんのホームページから)

何かに打ち込める人は、確実に強いし、優しいと思います(te to teさんのホームページから)



私は毎年、年末年始は日本へ帰国します。
日本で髪の毛を切るよりも、いつも見てくれている阪下さんに切ってもらう方が、よっぽど安心で綺麗に整います。
顔そりから鼻毛まで切ってくれますので。

いつもの椅子に座り、何気に先日1周年記念の奥様のダンスの話をしたときです。
どうもスイッチを入れてしまったようです。

「俺、だんじりとダンスの話されると、もう停まらなくなるんです」

いえいえ、思わず聞き込んでしまいましたよ。
あなたの青春の1ページ。
ハサミから少ない髪の毛伝わって、脳味噌まで染みこんできました。
一生懸命な青春、面白かった!

「後で聞いた話なんですけど、反対していたおかんが、俺のダンスのビデオを近所の人達にこっそり見せていたそうなんです。
意外と喜んどったのはおかんかもね(笑)」

何かに打ち込んだ人って、若くても何と言いますか、「力強さ」を感じます。
阪下さんって、よく見れば笑顔の合間にすっーと厳しい表情をするときがあります。
頭はいつも店のこと、家族のことでいっぱいなんでしょうね。

「実はいまだに『市役所前の夜練』続いているんですよ。市長さんも代替わりしたんですけど、ちゃんと誓約書の更新してくれているんです。
俺、後輩にはくれぐれも市長さんに頭下げて、お願いすることは続けるんやぞって、今でも連絡しています」

いまだにダンス熱が地元で燃え続けていることを、嬉しそうに話す阪下さんです。

彼は今、ベトナムハノイで一流のhair Salon目指して戦っています。
形は違えども、やることは同じ。
何をやれば良いのか、おそらく体で分かっていることと思います。

脱臼だけ、気をつけてくださいね(笑)。

余りに感動してしまったので、つい皆様にご紹介してしまいました。
Hair Salon「te to te」阪下オーナーの青春の1ページでした。

Hair Salon「te to te」スタッフの皆さん(右端のハット被る男性が阪下さん)。te to teさんのホームページから

Hair Salon「te to te」スタッフの皆さん(右端のハット被る男性が阪下さん)。te to teさんのホームページから



Hair Salon「te to te」の連絡先をご紹介しておきます。

  • 【住所】24-26 Trieu Viet Vuong, Bui Thi Xuan, Hai Ba Trung, Hanoi
  • 【電話】
    ・016-7596-9261(日本語)
    ・04-3943-7899(日本語、英語、ベトナム語)
  • 【営業時間】10時~21時(年中無休)
  • 【ホームページ】http://tetote-hanoi.com
  • 【facebook】https://www.facebook.com/tetote.hanoi

年末年始もOpen。
テトの正月1日だけお休み、それ以外は完全Openです。

熱い阪下さんのカットを受けてみて下さい。

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田口 庸生

田口 庸生 の紹介

初めまして、「ハノイリビング」営業担当の田口(たぐち)です。 日本より初めてベトナムのハノイに着任された日本の皆様、 愛するご家族を日本に残し、初めての「海外単身赴任」をこれから経験される皆様、 快適なハノイでの生活を満喫していただくために、皆様の「お住まい探し」から「入居後のサポート」まで一貫した「窓口対応」を請け負います。 「ベストマッチ」を合い言葉に・・・ どうぞお気軽にお問い合わせください。 お待ちしております。
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